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013石を引き上げた漁師

石を引き上げた漁師たち

漁師たちが網をひいていました。
網がずっしりと重かったので、
獲物が沢山あると思った漁師たちは、
小躍りして喜びました。

浜辺に網を引き寄せてみると、
魚の姿はほとんど見えず、
網は石やごみがいっぱいでした。

漁師たちは一様に嫌な顔をしました。
獲物がなかったことが面白くないというよりは、
むしろ
獲物が見もしないから
うかれてしまったことが、
くやしかったからでした。

すると、
漁師仲間の年寄りがこういいました。

「しかたがないじゃないか。
喜びと悲しみというやつは、
どうも兄弟のようだな。
わしらは、
初めに
あんなに喜んでしまったのだから
いずれにせよ
苦しい思いもしなければならないのだよ。」

人生は変わりやすいものだと考えていれば、
いつも同じことで
旨く行くとは思ってはいられなくなる。
お天気の次には
嵐がくることを、
いつも頭にいれておかなければいけない。





漁師たちが、地引き網(あみ)をひいていました。
 かなり手ごたえがあるので、
「今日は大漁だぞ!」
と、みんな喜んでいました。
 ところが、いざ陸にあげてみると、アミの中にはほんの少しの魚しかいません。

 手ごたえがあったのは、石ころがいっぱい入っていたからです。
「こんなひどい話があるものか!」
 漁師たちはくやしがりましたが、1人の年取った漁師がみんなに言いました。

「なあ、みんなクヨクヨするのは止めよう。
『喜びは悲しみの兄弟』
と、言うじゃないか。
 さっき喜んだんだから、今度は不愉快な目にあうのは当然だ。
 でも、次の今度は良い事があるよ」

 世の中は、そんなものです。
 どんなに良いお天気でも、急に雨が降る事がありますし、その反対もあります。
 今が不幸だからと言って、落ち込む必要はありません。

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漁師たちが地引網を曳いていました。
網が重いのでてっきり大漁と思い、小躍りして喜びましたが、浜に引き寄せてみると、魚はわずかしかかからず、網の中は石や木ばかりでした。
漁師たちの落胆はひどいもので、正反対なこと、すなわち、大漁を予期していただけに、いっそうこの結果に腹が立ちました。
しかし、中にひとりの老人が言うには、
「なあ、皆の衆。腹を立てるのはやめよう。悲しみというものは喜びと姉妹(あねいもうと)のようなものじゃ。わしらも先にあれほど喜んだんじゃから、悲しみに会うのは当然だったんじゃ」
そこでわれわれも、好天が続いたあとは必ずや嵐になるのをわきまえて、人生の移ろいやすさを見て、いつまでも続く事態に有頂天になってはいけないのです。

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(解説・ひとこと)

言うことなしですわ。^±^;
「好事魔多し」とも言いますよね。^±^;
有頂天になっておならをしてたら、下痢になっててミが出ちゃったとかね。^±^;…きれいな音色のおならを期待してたのに、ってか?
それはお前だけだからな!(゚Д゚)ノx±x。←しかもたとえも違うし

話を戻して、逆のケースもありますね。「止まない雨はない」ともいいます。

とにかく、いいことを必要以上に期待していると、悪いときの落胆も激しくなるから、有頂天になるな、という教訓も、ここには含蓄されていると思います。

(50)漁師

 ある風の凪いだ日、
漁師達が浜辺へ出まして、
地引きの網を引きました。
すると、
網の手応えが、
大変に重いものですから、
漁師達も大喜びで、

「これはありがたいぞ、
こう手応えがあるようじゃ、
きっと大漁だ!」

と、
元気を出して、
えい、えいと
掛声も勇ましく、
引き揚げました。


 そして、
急いで網の中を覗いてみますと、
これは何とした事か、
手応えがあったと思ったのは、
砂や石塊が
いっぱい網に引っかかったので、
肝心の魚と言いましては、
雑魚が二三尾、
淋しく跳ねているばかりでありました。


 これには、
あんまり当てが外れすぎましたので、
漁師達もがっかりとしまして、

「なあんだ、つまらない!」

 と、
急にしょげ返ってしまいました。

すると、
そこを通りかかりました、
同じ仲間の漁師で、
もう年をとりましたのが、
この有様を見て、

「お前さん達、
何もそんなに
力を落とすには及ばないよ。
善い後には、
悪いと言って、
あんまり物事が巧く行きすぎると、
後がこわいからね。」

 と、
言って、
なぐさめてくれました。


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★石を曳きあげた漁師


 漁師たちが網を引いていました。

 網はずっしり重かったので、獲物がたくさんあると思った漁師たちは小おどりして喜んでいました。


 浜辺に網を引き寄せてみると、魚の姿はほとんど見えず、あみは石などのごみでいっぱいでした。


 漁師たちは、がっかりし腹を立て、それはそれはつらい思いでした。

 すると、1人の年寄りがいいました。


  「なあ皆、落胆するのも腹を立てるのも、もうやめよう。

  悲しみというのは喜びと姉妹(あね いもうと)であるようじゃ。

  わしらは始めに、あんなに喜んでしまったのだから、苦く哀しい目に遭うのも当然じゃよ」


 我々も、好天が続いた後は必ずや嵐になる理を弁えて、人生の移ろいやすさを見、いつまでも続く事態に有頂天になっていてはいけないのだ。

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